前略、派遣の冒険。

派遣社員が起業するとどうなるか

受験校を決めた

5月のゴールデンウィークでキャンパスビジットを終えた僕は受験校の絞り込みを始めた。

まず、UCバークレーは校風が少し合わないと感じたので止め、スタンフォードとバブソンの二択になった。

2校とも受験することも可能だが、2校から出題される異なるお題についてエッセイと推薦状を仕上げなければならない。正直僕のTOEFLとGMATの現状を見るとそんな時間はなかった。1年間待って来年受験するというのも選択肢にはあったし、予備校の先生は僕にそうするよう勧めた。どちらの大学を受験しても合格の確率は低いというのが先生の意見だった。正論だったと思う。当時の僕は25歳で職歴も派遣社員の3年間である。日本からのMBA受験生の平均年齢は30歳を超えており、大手企業のマネージャー級の人が受験するのが一般的だ。このような状態から考えると、僕の受験は無茶だったのかもしれない。少なくとも前例はなかったのだと思う。

しかし僕にはあと1年待つ時間がなかった。どうしても来年日本を出て、海外で滅多打ちにされるまで勉強したい、当時の僕は病的なまでにそんな感情を持っていた。それに1年待っても26歳の職歴4年だ。それならば逆に若い年齢と派遣社員という特徴を差別化の武器にすれば勝算はあるはずだ、というのが僕の戦略だった。

徹底的に自分を差別化して出来ることを全部やろうと決意し、僕は受験校をバブソンの1校に絞ることにした。

バブソンにした大きな理由は、起業に重きを置くバブソンの校風が自分のキャリアイメージと一致することが一番大きかった。バブソンをキャンパスビジットをした際、心からワクワクしたし、自分が来年からここで学ぶという鮮明なイメージが出来たからだ。

それに合わせて、ボストンの街のアウェー感が自分に合っていると感じたのも理由の一つだ。カリフォルニアの人はすごくカジュアルで感じの良い人が多い。アジア人も多く日本人にとっては住みやすい場所だと感じた。それに比べボストンは、いい感じでアウェーを感じる。アジア人も西海岸に比べると少なく、”よそ者”に対する態度も西海岸ほどウェルカムではない。当時の僕は、自分の環境をまるっきり変えたいと思っていたので、ボストンの街の方が合っていたのだ。

こんな経緯から僕は志望校をバブソン大学に絞り対策を始めた。

1校に絞ったといっても、その後イスラエルの大学も受験することになるのだが。。そのことは別の記事で書こうと思う。