前略、派遣の冒険。

派遣社員が起業するとどうなるか

社会人の生きづらさを考察してみる

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僕は 新卒で派遣会社に就職して、派遣エンジニアとして3年間働いていた。正直その当時僕はものすごく生き辛さを感じていた。年功序列とか飲み会とか日本の「社会」とされる多くのものに無駄に苛立っていたのを覚えている。そんなマイナスな感情が日本から出るモチベーションになっていた。

そして僕は3年後アメリカへMBA留学をし、起業をし、その過程で日本では触れることが出来なかった価値観に触れてきた 。その中で、なぜ日本の社会が生きづらいのかを考えてみたことがある。僕は「価値観のねじれ」が生きづらさを作っているのではないかと考える。

人の価値観の基本として「Internally Contorolled Environment」と「Externally Controlled Environment」という二つが存在する。要約すると、ICEの価値観を持つ人は「環境は自分が変えることが出来る」と信じており、ECEの価値観を持つ人は「環境に合わせて自分を変える」と信じている。ICEは天動説的、ECEは地動説的とも言える。例えば、飛行機パイロットのシミュレータで、ICEとECEの人が乱気流などの困難に対してどのように対処するかを比較した実験がある。困難に直面した際、ICEの人たちは困難をコントローラブルだと捉え困難を回避するために手を尽くし、ECEの人たちは困難をアンコントローラブルなものと捉え困難の中で機体をどう適応させるかに手を尽くす。

西洋の国の人たちと仕事をしていると、ICEの価値観を持つ人が多いと感じる。自分の納得がいかないことがあったら主張をして変えようとするし、組織が合わなかったら転職をして環境を改善しようとする。一方でアジア圏の人の多くはECEの価値観を持つ人が多いと感じる。特に中国の人たちはその傾向が強く、困難に対して「そうゆうものだ」としてすぐに受け入れてしまう。これはおそらく、例えば絶対的な政府や情報統制などアンコントローラブルなものが彼らの人生経験の多くを決定しているからだと思う。彼らは決して怠慢なのではなく、そういう価値観を持っているのだ。逆にアジア的ECE思考は、マニュアルをアンコントローラブルな環境と捉えそれに沿って正確に単純作業を繰り返すことが得意だ。

アメリカではICEで教育されICEの社会へ出る。中国ではECEで教育されECE の社会へ出る。 日本はどうだろうか?日本は社会に出るまではICEの価値観で教育され、社会に出た瞬間にECEを叩き込まれる。教育現場では、「夢は必ず叶う」「頑張れば報われる」といった教育をされ、社会に出ると「社会とはそんなものだ」と言われ困難を受け入れるよう強要される。つまり社会に出た瞬間に価値観の変化を求められるのだ。天動説で教育され、いきなり地動説を受け入れなければならない。大きなストレスだろう。その価値観のねじれからくるストレスが日本の社会人の生きづらさの原因だと僕は考える。価値観を変えられる器用な人は問題ないかと思うけれど、僕のような不器用な人間にとってはその価値観のねじれに生きづらさを感じるのだ。

ではICEとECEの価値観のねじれが生きづらさの原因だと仮定して、それをどう解決したら良いのだろうか?選択肢としては(1)人が器用になれば良い (2)教育をECEにすれば良い (3)社会をICEにすれば良いというのがオプションだ。(1)については論外だ。それが出来ていれば苦労しない。正直に言って(2)と(3)は好みの問題だと思う。

僕は子供には夢を持って欲しいし、ICE の教育の方が夢があって好きだ。社会に愚痴を言いながら受け入れるよりも、どう改善するかを議論し行動できる大人の方が魅力的に見えるし、そういった考え方の方がより世界を住みやすくすると本気で信じている。

僕はICEの社会を実現したい。でも社会を変えるのは時間がかかる。

では今日本社会で生きづらさを感じている人はどうしたらいいのだろう?

「世界に出てみる」と言うのが僕の考えだ。世界に出て、自分の価値観に会う場所を見つけて、自分で勝負してみる。とても大変だけど、とてもエキサイティングだ。これからの時代は、自分の価値観に会う場所に移動することが大切だ。

僕もまだその挑戦の過程だけれど、もっと多くの人に挑戦してみてほしいと思う。