前略、派遣の冒険。

派遣社員が起業するとどうなるか

起業記-32 量産開始

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起業記は月曜と金曜18時に更新します。

 

中国を再訪問し、量産を開始した。

量産まで行う過程で、中国で製造するコスパについて考えることが多くなった。確かに物の単価は他の国に比べて安い。どんな案件についても「出来る」と言うので、スタートダッシュも出来る。でも、計画が甘いと必ず修正のために戻らなければならない時が来るし、お金を払った後に露骨にスピードが落ちる。そして、どれだけ仕様書を固めていても、現地へ訪問して付きっ切りで作業を行わないと品質を保つことが出来ない。これらの事を考えると、物の単価とは別に渡航費や時間が余計にかかって来る。それらのコストを加味すると、実は日本で作るのとあまり変わらない。僕は日本人なので、日本でのコミュニケーションは問題ないし、ビザも必要ない。そして日本のものづくりの品質は異常に高い。と言う事で、ロット数が一万個くらいまでの製造であれば、日本の方が良さそうだと言うのが僕らの感覚だ。

でも今回の量産についてはもう日本に変えることは出来ない。中国の製造ラインに張り付いて、しっかり品質を上げるしかない。

そして中国での量産が始まった。始まってみると、全ての製造工程で問題が噴出した。ここで僕らは自分たちの甘さを痛感する。物を100個作るのは割と簡単だけれど、200個を超えて来ると突然品質にばらつきが出て来る。

頭が痛くなるほど問題があるなかで、一番大きな問題になったのは電子基盤だった。電子基板を1500個作った後に、設計通り動いていないことが発覚する。これが回路図の問題だったら、1500個が全てダメになり、数百万円が飛んでいき、新たに製造をするのに1ヶ月は必要になる。こうなったら本当に会社が潰れるかもしれない。本当に胃が痛くなった。1つずつ原因を突き詰めていくと、基盤上のある部品が壊れていることが発覚した。基盤部品の会社が量産の際に、試作と別ロットの部品を提供していて、その中に不良品が大量に入っていたのだ。ぼくはスーツケースに電子基盤をいっぱい詰めて、夜行新幹線で電子基盤の製造業者へ向かった。あまりにも不自然な持ち物なので新幹線のセキュリティーで止められたが、英語で永遠と説明しまくったら通してくれた。英語がわからない中国人に英語で喋り続けることで、なんとなく許してもらうという技を身につけていた。基板を作り直すという最悪のケースは回避できたものの、時間的に大きなロスに繋がった。

ガラスのボトルでも不良品が多く発生しており、その修正にも時間がかかった。

こうしているうちに、中国にビザなしで滞在できる上限の2週間が経過しようとしていた。そのため僕は一度日本に帰国することとなった。