前略、派遣の冒険。

派遣社員が起業するとどうなるか

筆者プロフィール

-- Load&Road,Inc. Co-fouder&CEO --

河野辺和典(かわのべ かずのり)
派遣社員のエンジニアとして3年働き、ビジネスを勉強する為アメリカの大学院へ留学。在学中にクラスメイトとIoTの会社を起業。スマートボトルTeploを開発し、クラウドファンディングで1300ユーザーと800万円の資金調達に成功。クラウドファンディング後にIoTプロダクトの開発や起業に関する相談を頻繁に受けるようになる。受託開発やコンサルティングを行う会社をスピンアウトさせる形で、2社目をインドで起業。
Facebook:https://www.facebook.com/k.nobekawa
Email: kazu@load-road.com
LINE: k.nobekawa
1つ目の会社:http://teplotea.com/
2つ目の会社:http://sorigin.com/

-- おいたち --
-- 高校まで --
栃木県大田原市で生まれる。サッカーを始めるまで人生が本当につまらなかった記憶あり。ある日自分がサッカーにはまり、中学2年生まで本気でプロサッカー選手になりたいと夢見ながら日々サッカーに没頭。ほぼ勉強をせず、サッカーでなんとかなると思っていた中学2年のとき、当時所属していたクラブチームの経営陣が揉めてクラブチームは公式戦2年間出場停止を食らう。クラブチームを辞めて中学校のサッカー部に所属。以前に比べ少し時間が出来たので勉強をしてみると意外とテストの点数が伸びることが判明し、少し勉強が好きになる。プロサッカー選手の夢は徐々に諦めるようになり、それなりに勉強して地元のそれなりの進学校に進学。

-- 高校 --
高校でも相変わらずサッカーをやりつつ人並みに勉強をする。インターハイが終わり部活を引退すると受験勉強に取り組む。当時物理が得意で車が好きだったという単純な理由で機械工学科を目指す。得意だった英語と物理の2つの配点が高い千葉大学を受験することを決意。センター試験では惨敗しD判定となるも何故か千葉大学電子機械工学科に合格。

-- 大学 --
大学ではサッカー熱も冷め、サークルで続ける程度。特に何かに夢中になることもなく、バイト、パチンコ、お酒、タバコという典型的な落ちこぼれの学生生活。戻れるならば戻って真面目にやりたいものだが、まぁ仕方がない。
工学部の学生は大学院に進むのが王道だが、さすがにこのままの生活をあと2年間続けたらやばいと思い就職活動を始める。
ありきたりな話だけれど、みんなで同じようなスーツを着て企業説明会に行く就活に嫌気を覚える。「自分は3年くらいしたら起業したいっす」という完全に社会を舐めきった感じで就活に挑み、受け入れてくれたのは派遣会社だけだった。そんな流れでとりあえず派遣会社に機械系エンジニアとして入社。

-- 派遣社員 --
就職直前に3.11の地震が起き、急遽入社式と研修が関西で行われることに。なぜかそのまま関西に留まることになり、その後3年間関西にある重工業会社で派遣エンジニアとして働く。大学の時にプログラミングの単位を落としていたが、仕事でロボットの動作プログラムを書くことになる。やってみると意外とプログラミングが楽しいことに気づく。そこではプログラミングや3D2D設計などエンジニアとしてとても多くのスキルを学ぶ。
エンジニアとしては充実した生活を送っていたものの、「このままじゃ俺の人生つまらなくなる」と思い、そこから漠然と海外に転職などを考え出す。当時の僕の頭の中はお花畑の状態で、TOEICで高得点を取れば、資格を取れば、海外でいい仕事につけると思っていた。今考えると恥ずかしいが、当時の僕はTOEIC900点あれば外資系でバリバリ働けると本気で思っていた。その調子でTOEICを受けたりアメリカの技術士の資格を取得したりする。
TOEICで900点を超えた頃、僕は海外転職を目指しリクルートの方と面会をする。その面会で僕は「僕を必要としている会社は海外にない」という常識で考えれば当たり前の現実を見る。
海外で働くのは厳しいということで、別の方法を探す。ロジカルな理由はわからないけれど、どうしても日本を出て世界で仕事をしたい。そしてもう1つ。起業をしたい。「このままじゃ俺の人生つまらなくなる」と思いながら僕は2年間も派遣社員として自分の人生を使っていたのでもう時間がない。
そこでアメリカのMBAで経営とマネジメントを学び、現地のコネクションを作ることを決意する。

-- MBA留学前 --
アメリカのBabson CollegeのMBAプログラムに合格。2014年3月末に退社し、留学まで約3ヶ月ほどあったので東京のスタートアップでインターンを開始。Androidアプリ制作やスタートアップの働き方を体験することが出来たことで、自分で会社を作ることが一気に身近になる。

-- MBA時代 --
起業に特化したBabson大学のMBAプログラムに入学。優秀な学生たちに囲まれて、自分の無能さを実感する。自分のスキル、英語力、国籍を考えると、MBAを取ったくらいでは外資では働けないという現実を知る。ならばもう自分でやるしかない、ということで腹をくくりアメリカで起業。起業の際には、ビジネスアイディアに共感してくれたインド人クラスメイト2人がジョイン。
アメリカのTea DrinkerをターゲットにしたスマートボトルTeploを開発し、クラウドファンディングで1300ユーザーと800万円の資金調達に成功。
クラウドファンディング後にIoTプロダクトの開発や起業に関する相談を頻繁に受けるようになる。受託開発やコンサルティングを行う会社をスピンアウトさせる形で、2社目をインドで起業。